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主任者試験を極める②(H27 第1種放射線取扱主任者試験 物理学 問17)

こんにちは!

今回は前回と同じく物理学の問題です。

物理学の出題ですが、どちらかというと計測学の問題です(前回の問題もそうでしたね)。

問題は平成27年度物理学問17です。

問17 NaI(Tl)γ線スペクトロメータにより、エネルギー未知のγ線の波高分布スペクトルを測定したところ、全吸収ピークが600チャネルに、コンプトンエッジが400チャネルに観測された。この場合のγ線エネルギー[keV]はいくらか。ただし、このスペクトロメータの零点調整はなされている。


 1.320

 2.511

 3.662

 4.835

 5.1,170


公益財団法人原子力安全技術センター

https://www.nustec.or.jp/syunin/syunin05.html

より引用


この問題を理解するためには光子と物質の相互作用スペクトル解析の基礎を知っておく必要があります。

基礎の確認をかなり丁寧に行っていくので、少し長くなりますがしっかり理解したい人はぜひ最後まで読んでみてください。

(理解できているところは適宜飛ばして読んでいただいて構いません)

では早速、基礎事項の確認から始めましょう。


基礎の確認

まず光子と物質の相互作用を簡単に復習してから、スペクトル解析の基礎を理解するという流れで書いていきます。


光子と物質の相互作用

光子と物質の相互作用は主に弾性散乱・光電効果(吸収)・コンプトン散乱・電子対生成・光核反応の5つがあります。

この中でも放射線計測で重要となることが多いのは光電効果・コンプトン散乱・電子対生成の3つです。

それぞれの相互作用について見ていきますが、今回の問題と関連する部分に絞って説明するのでこれだけ押さえておけば十分というわけではありません。

必要に応じて教科書や参考書などをじっくり読んでみてください。


光電効果

光電効果は光子が原子の軌道電子にエネルギーを与えることにより、軌道電子が飛び出すという現象です。

f:id:Yuru-yuru:20200614220523j:plain:w300

この軌道電子が飛び出すためには、少なくとも光子が軌道電子の結合(束縛)エネルギー以上のエネルギーを持っている必要があります。

このため、飛び出す軌道電子(光電子)のエネルギーE_eは、光子のエネルギーをE_p、軌道電子の結合エネルギーをE_bとすると、

 E_e = E_p - E_b

と表せます。

後程もう少し詳しく述べますが、光電効果により軌道電子が飛び出すとその原子の軌道には空席が生じることになります。

この空席に外殻から軌道電子が遷移してくることにより、軌道の結合エネルギーの差と同じエネルギーをもつX線特性X線)やオージェ電子の放出が競合して起こります。

この過程も重要になるので押さえておきましょう。


コンプトン散乱

コンプトン散乱は光子と軌道電子が衝突することによって電子散乱光子が生じる現象です。

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教科書・参考書では光子と自由電子の衝突と書かれていることが多いですが、これは単に入射光子のエネルギーが軌道電子の結合(束縛)エネルギーが無視できるぐらいに大きい場合を仮定しているためと理解できます。

このコンプトン散乱で放出される電子(コンプトン電子)と散乱光子のエネルギーは衝突前後のエネルギー保存則および運動量保存則から導くことができますが、計算がなかなか長くなってしまうので今回は結果のみ使用します。

先程と同じく、入射光子のエネルギーをE_p、コンプトン電子のエネルギーをE_e、散乱光子のエネルギーをE_p 'とすると、

 E_p ' = {\frac{E_p}{1+{\frac{E_p (1-\cos{\theta})}{m_0 c ^2}}}}

 E_e = {\frac{E_p}{1+{\frac{m_0 c ^2}{E_p (1-\cos{\theta})}}}}

 m_0 c ^2:電子の静止質量エネルギー

 \theta:散乱光子の散乱角

と表せます。

さすがに試験の時にいちいちこの式を導出していると大変なので覚えてしまうことをオススメします。

式を見てもらえば分かる通り、2式は分母の一部だけが異なっています。

この辺に注目して覚えてもらえればと思います。

また、これらの式には散乱光子の散乱角が含まれています(コンプトン電子の散乱角ではないので注意しておきましょう!)。

この散乱角が変わることにより、それぞれのエネルギーも変わってくるということですね。


電子対生成

電子対生成は光子の入射により電子‐陽電子が生成される現象です。

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静止質量エネルギーが同じ電子と陽電子0.511 MeV)を生成するため、電子対生成が起こるためには1.022 MeVのエネルギーが必要になります(エネルギーと質量の等価性E = mc ^2)。

放出される電子、陽電子のエネルギーは入射光子のエネルギーからそれぞれの静止質量エネルギーの和(1.022 MeV)を引いて残ったエネルギーを分け合うことになります。

 E_e ^{+} + E_e ^{-}  = E_p - 1.022

この運動エネルギーは電子、陽電子に等分されるわけではないので、連続分布します。

また、電子対生成により生じた陽電子と他の電子が対消滅を起こすことで0.511 MeVの消滅放射線正反対の方向に2本放出されます。

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これも後程重要になるので押さえておきましょう。


まとめ

ここまで各相互作用について簡単に説明してきましたが、これら相互作用はそれぞれが独立して起こるものではありません。

このエネルギーでは光電効果のみ、このエネルギーではコンプトン散乱のみというものではないということです。

もちろんエネルギーが高くなるにつれて光電効果の断面積は小さくなってきますから、相対的にコンプトン散乱が主になるということは起こります。

光子と物質の相互作用についてはこのぐらいにして、次はスペクトル解析の基礎についてまとめていきます。


スペクトル解析の基礎

放射線分野におけるスペクトル解析はエネルギースペクトル、すなわち各エネルギー成分の波高値を並べて表示したものを取得し、それらを解析することで物質の同定や定量を行うものです。

f:id:Yuru-yuru:20200614220922j:plain:w250

上図はかなり簡略化したもので、実際はもっとごちゃごちゃしたものが多いです。

全吸収ピークから核種の同定、波高値から定量が可能となります。

このようなスペクトルを得るためには、エネルギー弁別機能を備えた放射線測定器が必要になります。

そして物質の同定、定量をより正確に行う(物理現象を正確に追う)ためには放射線測定器のエネルギー分解能も重要になってきます。

このエネルギー分解能については別の機会に説明することにして、今回は先程復習した各相互作用がスペクトルにどのように現れるか見ていきましょう。


①全吸収ピーク

この全吸収ピーク放射線測定器に入射した光子エネルギーが全て吸収された場合に生じるピークです。

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ここで少し注意が必要なのは、放射線測定器が見ている(検出している)のはあくまで放射線によって電離された電子の挙動です。

放射線測定器の基本原理を理解しておけばこれは大丈夫だと思いますが、少し意識して読み進めてください。

さて話を戻しますが、この全吸収ピークは先程の光電効果コンプトン散乱電子対生成の全てに関わるものです。

例えば、光電効果が生じた場合、入射光子のエネルギーは放出される光電子とその結合(束縛)エネルギーに分かれます。

ここも勘違いしやすいのですが、全吸収ピークは光電子の検出だけでは足りず、結合エネルギーも何らかの形で検出される必要があります。

この何らかの形というのが先程少しだけ説明した特性X線やオージェ電子です。

光電子が完全に吸収されたとしても、この特性X線などが放射線測定器から逃げてしまうと全吸収にはなりません。

このように意外と細かく物理現象を理解しておく必要があります。

コンプトン散乱電子対生成も同様に考えられます。

コンプトン散乱の場合は散乱光子放射線測定器から逃れることなく光電効果などを起こして検出される必要があり、電子対生成の場合は対消滅で生じた消滅放射線が2本とも検出される必要があります。


②コンプトン散乱による連続スペクトル

先程の全吸収ピークは理想的には単一のエネルギーであるため、線スペクトルとして表れていましたが、コンプトン散乱が生じ,散乱光子が放射線測定器から逃れた場合、コンプトン電子のエネルギーは散乱角によって異なるためスペクトルは連続スペクトルとなります。

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この中でもコンプトン電子の最大エネルギー(コンプトンエッジコンプトン端後方散乱ピークの2つが問われる可能性があります。

まずはコンプトンエッジから見ていきます。

先程書いた通り、コンプトン電子のエネルギーは、

 E_e = {\frac{E_p}{1+{\frac{m_0 c ^2}{E_p (1-\cos{\theta})}}}}

で求められます。

このエネルギーが最大になるとき、上式の分母が最小になる必要があります。

変化するのは散乱角\thetaのみであるため、1-\cos{\theta}最大すなわち\cos{\theta} = -1となります。

これを満たす\theta180[°]ですね!

続いて、後方散乱ピークは検出器の後方から入射してきた散乱光子によるピークです(図では省略しています)。

この場合は逆に散乱光子のエネルギーの式から、

 E_p ' = {\frac{E_p}{1+{\frac{E_p (1-\cos{\theta})}{m_0 c ^2}}}}

に代入して求めることができます。

知識として「コンプトンエッジは散乱角180度の時」と覚えるのも悪くはないですが、上で使用した2式も結局覚えなければならないので、式から考えて導出するという風にしておいたら良いかと思います。


③シングルエスケープピーク、ダブルエスケープピーク

これは電子対生成のみが関係します。

全吸収ピークで説明した通り、対消滅によって生じた消滅放射線が2本とも検出されることにより電子対生成が起きた場合も全吸収ピークを生じます。

この消滅放射線1本もしくは2本とも検出器の外に逃げ出す(エスケープ:escape)ことにより生じるピークをそれぞれシングルエスケープピークダブルエスケープピークと呼びます。

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この消滅放射線のエネルギーは0.511 MeVと決まっていますから、シングルエスケープピークは全吸収ピークから0.511 MeV低いエネルギーに生じ、ダブルエスケープピークは全吸収ピークから1.022 MeV低いエネルギーに生じることが分かるかと思います。


さて、かなり長々と書いてきましたがだいたい理解できたでしょうか?

やっと問題解説です笑



問題解説

前置きがなかなか長くなってしまったので、問題を再掲しておきます。


問17 NaI(Tl)γ線スペクトロメータにより、エネルギー未知のγ線の波高分布スペクトルを測定したところ、全吸収ピークが600チャネルに、コンプトンエッジが400チャネルに観測された。この場合のγ線エネルギー[keV]はいくらか。ただし、このスペクトロメータの零点調整はなされている。


 1.320

 2.511

 3.662

 4.835

 5.1,170


公益財団法人原子力安全技術センター

https://www.nustec.or.jp/syunin/syunin05.html

より引用


まずは少し聞きなれないスペクトロメータの零点調整について補足します。

これはスペクトロメータで観測される全吸収ピークのチャネル番号光子エネルギーと正しく比例関係にあることを示しています。

簡単な例で言うと、光子エネルギー1 MeVのγ線の全吸収ピークがチャンネル番号1000で検出された場合、チャネル番号500では0.5 MeVの波高値を示すといったような感じです。

補足を終えたところで、問題を解いていきましょう。

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上図は理想的なスペクトルであり、実際はNaI(Tl)γ線スペクトロメータなのでもう少しぼけた以下の図のような感じかもしれません。

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先程の補足通り、全吸収ピークの600チャネルはγ線の光子エネルギーE_pを示します。

また、コンプトン電子のエネルギーE_eE_pを用いて、

 E_e = {\frac{E_p}{1+{\frac{m_0 c ^2}{E_p (1-\cos{\theta})}}}}

と表され、コンプトンエッジは\theta = 180[°]の時生じるため、

 E_e = {\frac{E_p}{1+{\frac{m_0 c ^2}{2E_p}}}}

となります。

補足で確認した光子エネルギーとチャネル番号の比例関係から、以下の関係が成り立つことが分かります。

 {\frac{E_e}{E_p}} = {\frac{1}{1+{\frac{m_0 c ^2}{2E_p}}}} = {\frac{400}{600}}

式を少し整えると、

  {\frac{E_p}{E_p+{\frac{m_0 c ^2}{2}}}} = {\frac{2}{3}}

 3 E_p = 2 \left(E_p + {\frac{m_0 c ^2}{2}} \right)

 E_p = m_0 c ^2

m_0 c ^2 = 511 keVであるため、このγ線エネルギーは511 keVであると分かります。

γ線エネルギーが1.022 MeV以下なので、電子対生成が生じず、シングルエスケープピークダブルエスケープピークは生じまていませんね。


問題自体は大したことないのですが、スペクトル解析のイメージがつかめていないと少しわかりにくかったかと思います。

放射線取扱主任者の試験ではこういった問題の解説を読んで理解するだけで満足するのではなく、その背景となる知識などを少しずつ蓄えていくことが重要になります。

この過程にきちんと取り組むかどうかによって、記憶の定着度合いも変わってくると思います。

せっかく勉強するのだから、国試(放射線技術系の人のみ)のためにもしっかり理解できるといいですね!

ではまた!